読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

忘れ方

悲しいことがある

ここはヘヴン

誰も見ていないのに言葉を吐く意味があるかとよく言われるけれど、わたしにとっては、そこに誰もいないことが一番大事だ 友達との会話は言葉ではなくどちらかというとワードに近い気がする それでもお話は楽しい 人によるけど

ツイッターでリア垢を作った わたしは中学時代の裏垢が、前身のリア垢を削除したことによって実質本垢みたいになっていて、フォローはいるけれどフォローリクエストは拒否している、みたいな形態でずっとやってきた 元々リア垢でも当たり障りのないことしか呟けず、まあそれでいいんだけど、誰かがいる状況で例えば悩みとか好きなこととかを呟くのが圧倒的に無理だ

だからずっとひとりで話す 独り言も多いけどそれは自分では数少ない好きなところ 喧騒の中だったりすると歌っちゃう

人間関係が下手なのはこれがすこしかかわっているのか

全て人によるか 大好きな人は大好きだしそうでもない人はそうでもない

 

それで自分の行動に違和感があってふつうではないのではと思ってしまう ふつうの子として扱われた時のやり場のなさがある

あきらめたりしたがあきらめた俺たちもそれは青春だよって言う あきらめた人がすごくいて 放棄が大半なのだろうか もうすぐ決断の時だけどなんどもなんども夢が削られていくんだろうか 華やかさに勝るものはないかもしれないが好きな人たちはどうしてうまくいっているんだろう うまくいっている人が好きの対象になりやすいのはわかる、でも彼女はあきらめたりしている

恋愛が成就するといいな、あの子の あの子にはずっと幸せになってほしかったんだ

わたしが彼女と合わせて自分たちと言うのは愚かだろうか きっと一番大きい存在ではだんだんなくなっていくにしろ、でも、そもそもずっと一緒にいられないのにバカみたいに焦ったりした記憶を思い出して幸せになってほしかったあの子と彼女を天秤にかけたりした音楽室やカフェが遠い日の出来事のようで実際2年も経った

別れが素っ気ないと悲しい

もっと惜しまれたかった

父からLINEが入っていて斜陽、彼の血だといちいち思う

言ったかもしれないけど両親は結局のところ似ているのだ どこまでも親の呪いから自分を許すことができない 親が似ている限りわたしは存在が明確になってしまって ずっと明確なまま死ぬのが嫌だ

わざと冷たくしないと距離感がつかめない 誰も本当のことを言ってくれないからわたしだって絶対に言いたくない

親が似ているとどちらが親かわからないのに結婚の過去は本当で似てるから惹かれあったんだけどお互い自分が嫌いだから似ている相手のことも嫌いになったんだろうか

自分が嫌いだったならわたしだって永遠に愛されることなんかない

愛されたかったけれど彼女が微かな愛を与えてくれた2年間がもしかしたら最後だったのかも そのときのことばかり思い出す