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忘れ方

悲しいことがある

叫ぶと驚いてほしい

たまにというか頻繁に、IDやパスや登録してあるアドレスを控えたメモ帳を見てすごく嫌な気分になるからどんどん退会してその結果アプリがすごく少なくなる なんか嫌いなんだよな このはてなブログもそのうちやめると思うけどpiquとかいう短くて可愛いIDなんてなかなかゲットできないからあんまり手放したくない まあこのサイトはシステムが同じIDは使えませんみたいなやつだったから誰かに取られるわけじゃないしいいか

わたしは誰かに選ばれたい よく分からないけどそういう焦燥の念があって

今祈りとか願いとかそういう概念がない 最初のブログに確かそんな旨を書いた気がするけど血も涙も無くなった ここに残ったのはストレスだけです ストレス性なんとかにそのうちなりそう 自分を愛さないといけないんだけれど愛せない

祈るように会話するとそこに愛があるが愛は特定の人にしか与えたくないため祈ったりすることがない 友達は大好き 友達しか希望がないが友達が上手く行ったりすると自分の無能さに呆れ返り簡単に死のうとしてしまうので危ない

なんでこんなにだめになってしまったんだろか

前ほどではないが今だって自分の半生を思い返してる

記憶しかないから することとか

ささくれがいたい

 

ここ数年ささくれできてなかったのに

選んで欲しくて必死になってずっと特別なものになりたかったのだが特別になるには特別な道を歩かなければいけなくて わたしは

選民意識を少なからずもっていてバカなんだけど理由をいくらでもつけられる それはひどいけどなにより打ちづらいこのキーボード

なんかもうやだ

ささくれいたい

昔栄養失調でよくなってた昔といっても小学校の頃の話だが小学校といえばあの期間は6年も用意されているのに成長をあまり強いられていなくて幸せではなかったし少々辛くて今思えばあの感覚の違いこそが公立の中学に進んだみんなとの差だったのだなと思うしあの気持ち悪さは女子校に入って随分収まったがぱっぱと成長を強いられる感が無理

高校なんてさらにそうだろう つらい なんで第二幼稚園が用意されてないんだと思う

好きな人をとられるのもつらい

好きな人ってもうわたしは人生のパワーとか魂的なものをゴロッとその人にあげてしまって帰ってこないので感情が 好きな人なのに自分みたいで嫌なとこは徹底的に叩き潰してしまって結局そうでもなくなるんだけど魂がそっちにあるから懐かしさとかエモさがあってやはり無理

生きるって無理

無理だと思ったら起きられなくなる症候群を発症した ブログやだ けしたい

Twitterやめたい めんどくさい めんどくさいけど暇を持て余しちゃうと思う もうすこし文明が進んでいなければな

いや嘘 Twitter大好き

話がブレる人好き例えばわたしとか かわいい