忘れ方

悲しいことがある

既に失われた

一個前の記事私が何を思って残したのか全く覚えていない 非公開でツイッターみたいに書いてるタイムラインを久しぶりに更新したらなんかそんな気持ちになった

3月のことはあまり覚えていない 歯医者に行ってミスドの坦々麺食べたら終わっていたと思う そういえば昨日は、いや一昨日だったかもしれないけどバーミヤンで坦々麺を食べた 坦々麺大好き 家の周りにはそういう類の店が割と多い

そういえばライブに行った それは2月もだけど2月はただ好きな人に会いに行っただけで握手してその手が暖かかったので、正直驚いた 多分心が冷たいのかな それと良い匂いがした

3月のライブは後押しされるようなステージだった 時間の流れとはどうしようもなく私も彼女も私の人生におけるその他大勢も、仕方がないくらい大人になってしまって疎遠になってしまって輝きがなくなってしまって輝きを忘れてしまうけれどそのことを受け入れてしっかりと進まないといけないねって思った 退場曲が特に

今思い出したけど一個前の記事はその日に書いたものだったと思う 補導される時間帯にひとりでマック食べたけどそんなの初めてだった それにしても何もかもひとりでするようになってしまったなあと思って悲しい気持ちになったけどそれも仕方ない

初桜は新横浜駅の脇道で申し訳程度に咲いているやつ そのときまた私はひとりだったけどその日出かけるまでに5日間くらい家から出てなくて久しぶりの外出だったからなんだ日本はもう春か、っていうあれだった

 

3月といえば彼女に会ったのも3月だった 今生きるのに必死で3月の記憶を圧迫してた

その日は暖かくて夜まで話して帰る頃に雨がしきった 

どの人間も私の体温に合わずに気持ちの悪い思いばかりしていたけど彼女は違う

 

3月末から今に至るまで結局自分を殺した 一昨年の冬に思っていたことと去年の春に思っていたことは違うけど他人の視線を気にして最善の結論を導いたときここに辿り着いてしまった 自分はもう何事に対しても明るい気持ちで挑めないから遠くから眺めているけど周りには心から望んでいたり本気で頑張っている人間が多いなと思う 私も最初からそうしていれば選択肢の狭間で悩むことなんてなかったのかもしれないが選べるほど身分のある立場でもなければ努力もしていない

最近また去年の春に下した結論の理由を思い出せるようになった それでも泣かなくなった 3月末から今、というか今日まで中学時代のような生活を繰り返していて自分のゴミ屑加減に何度も逃げ出したく、まあそんなになってないけど、すこし、嫌になったけど自分の自分の自分のお金で払ったり自分で全部やるようになってある意味の責任感で頑張った

それが全部悲しい

 

去年の夏や冬に聴いていた音楽を聴いてみたら今まででは美化されてきた記憶が今でもずっとつらいことを知った zaraの薄いTシャツや硬いオレンジの椅子や暗くて紫陽花の見える部屋のことを覚えてる 自室で死ぬことを考えながら64階の絵を描いていたことや愛されないことを感覚的に認識したことをずっと覚えてる

中学2年のときアデルを聴きながら逃亡したのは美化されたのに 身長が伸びたと言うのはスカートを折るなという湾曲された表現だと知らなかったあの日

あの人間は今でも好きじゃない 謝りたい人はたくさんいる

まだ純粋かもしれないがもうそれほど素直でもない

 

バイト先の社員が退職するらしい ずっと辞めたい辞めたいと言われバイトは続けない方が良いと言ってきた人間だった 逆ギレして私に合唱コンクールの雰囲気を思い起こさせた人間 あくまで私の父親が次期社長の会社

低所得ではないはずなのに扶養から外れたせいで福祉医療証がある

お金を払うことは一種安心する行為でもあった ストレス解消かもしれない

飛び降り自殺するような気分でも無くなったがお金のことで私なんかいないほうが良かったのではないかと思うことは増えた 今までは存在自体が救いに支えられたようなものだと思っていたけれどそれが少し自己中心的に振る舞うことで余った罪を他所に放り投げてそれに反応した人間が私に怒ることはあったけれど他人が自分のせいで首が回らなくなっているのが悲しいというか不快

私がいるせいでまた借金が増えた 父親に相談したらごく利己的な返答が返ってきた べつに責めるわけじゃないけれどお前の家族は両親だけじゃない 妻はもう失ったかもしれないけれど私はまだ糸に絡まったまま

夢を追うという言葉が希望的で口にしたくない 母親が私の才能について他人に紹介するようなことをしたけれど何も分かってないな 無理やり信じ込もうとするな

“夢を追う”せいでまた一歩自分の首を絞めた それでも歩き続けなきゃいけない